2022-01-01から1年間の記事一覧
青い空をみたら、顔が緩んだ。「気持ちのいい天気だな」ゴミを出すために表にでた。ほんの少し、外の空気に触れただけで、昨日までの自分をリセットできた気がした。 *** 週の初め、一通のラインが来た。「手伝い、これない?」彼女からラインが来ること…
パソコン画面のカーソルは行ったり来たりしている。感情を書き記そうとするも、上手く表現できない。自分の行動に「意味があった」のか、「意味を持たせようとしている」のかを考えていた。 *** 何かの拍子に、携帯電話のカメラアプリが起動する。カメラ…
湿度を示す数値は最適とはいえなかったが、外から入ってくる冷たい風が、不快さをかき消してくれた。雑音のない夜の静けさに包まれていると、急に雨音が耳に入ってきた。みるみるうちに湿度は上がっていく。それでも夜風に当たっていたくて、しばらく窓を開…
猛暑が続いた季節は乗り越えたのだと、実感する。それは彼らが知らせに来たからだった。姿はみたことがない。幼いころも、大人になった今でも。開け放した窓から、心地よい風に乗って、ただリーンリーンと鳴く声が聞こえるだけだった。 洋室の端に山積みされ…
星の形に似た葉が、こぼれ落ちるように小さな鉢からあふれ出ている様子が、愛くるしい。それとは打って変わって、対角線上には大胆で大きな葉をつけた植木鉢が、直置きされている。ナチュラルな色の家具で統一されたこの部屋は、まさに癒しの空間だ。ここで…
ダンボールの箱で塞がれた玄関を出ようとして、ドキッとする。鍵が開いていた。 *** 後ろから足音がした。かなり足早でどんどん近づいてくる。 マンションに入って、集合ポストを通り過ぎたら、四つ目のドアが我が家だった。一番奥とはいえ、世帯数が少な…
生年月日の欄はすでに記入済みだというのに、年齢を書くのを躊躇した。身長と体重を書く欄もある。恐らく「子供」だった場合に必要な情報であって、「大人」の私は、生年月日と体重以外は不要かと思われた。しかし空欄があるのもかえっておかしい。すべての…
太陽が眩しいほど、いい天気だった。「好きな色を選んでね」と先生が言った。手にした色が、とても好きだったかというと、記憶になかったが、きっとその時好きな色だったのだろう。何色が好きだったか、何色が好きなのか、昔も今も、すぐにはっきり答えられ…
お茶を飲み干したガラスコップに、水を注いでから随分時間が経っていた。食卓に置かれたガラスコップのそばに、「小さな石」の倍の大きさはある固形物が二つ。食事はとうに終えているのに、最後に口に運ばなければならないそれだけは、ずっとそのままだった。…
勘違いのせいで、小さな白いノートは二冊あった。白紙を埋めるのに頭を悩ませる。朝の、そして夜のルーティンにも、ノートを書く習慣がないのは、ついついまとめて書いているからだった。あの日は何をしていたっけ?何を思ったのだっけ?財布に残ったレシー…
いつまで続くのか、分からないのが厄介だった。その間、気を紛らわす手段もない。ソファーで横になって、ただじっと過ごす。気が付けば、朝になっていた。汗ばんだ体を起こして、水分補給する。「大人になってから」は間違いないが、それがいつなのか、ある…
“かわいい子には旅をさせよ”今頃、トラックに揺られているのだろう。片道切符しか持たせていないあの子達と、今後二度と再会することはない。 *** 連日、近くのコンビニに通っていた。もう三日目には慣れたものだった。初日は若い店員さんに丁寧に教えて…
ベランダから見る細長い空は、一面雲に覆われていた。湿度を示す数字は高かったが、嫌な感じはしない。開け放した窓から入る風が、連日の暑さを忘れさせてくれた。 「夏の風物詩」は一匹だけではなかったようで、気付けば合唱をしていた。一旦静かになるも、…
どの窓からも青い景色は見えなかった。ベランダに出て視線を上げると、ようやく隣接する家屋とマンションの間に細長い空が見えた。 ある日、マンションの前で空を見上げて、視線を動かしている男性がいた。 「どうされたんですか?」と私は声を掛ける。 「月…
<「彼女にはアリバイがあります」そう言わせる自信があった。証拠は財布の中に山ほどあった。> *** これで四回目だった。店員さんが毎回違うことが、せめてもの救いだ。しかし親切心を無下にするにもほどがある。「ポイントカードが未登録のようです。…
平坦な道を10分ほど歩いたところで、まだ目的地までの半分の距離だった。ここからはずっと上り坂になる。あと少しで坂の終わりだというところで、私と同じ服を着た子達が続々と坂を下ってくる。「今日休みだって」という声が聞こえた。台風や雨の影響で学校…
外に出ると思いのほか、風が強かった。自転車のペダルを踏む足に力が入る。長い髪が後ろになびく。まだ家を出たばかりだったが、橋に差し掛かったところで、橋の向こう側は異世界と言わんばかりに「もう引き戻すことはできない」と脳内で指令される。私は果…
一方通行で幅の狭いこの道は、裏手にメインの道があるため、通る車も限られていた。視線の先に止まっている車も、この通りにある店のロゴが入ったトラックだった。ちょうど搬出入作業が終えたようで、私がその店の入口に着く前に、トラックは次の目的地へと…
白く塗られた木製の引き戸は、厚さが3㎝あった。少し重く感じるのは、毎回すんなり開かないせいでもあった。引き戸を開ければ、上段と下段を仕切る板がある。機能は押し入れと全く同じで、ここも「押し入れ」と呼んでいた。引き戸を開閉するたび、蓋付きの…
昨晩は、なかなか寝付けなかった。いつもより二時間近くも早く床に就いたのだから無理もない。リスクを伴うことを考えると、もうこの時間もギリギリだった。 朝4時半起床。と同時に夫を起こす。すでに昨日のうちに準備は万端で、夫を送り出すまでの朝のルー…
名もないまま、鞄の内ポケットに収められていた。そういうところがあるのも私らしい。 *** 「片付けられない」ことの後ろめたさが、いつも赤信号を灯らせていた。そこに留まっているよう強制をされているわけではない。きっと、いつでも信号を渡って良か…
肌にあたる空気が動いた。庭先をみると、木々の葉が揺れていた。アジサイの大きな葉も、庭一面の雑草も揺れていた。ベランダの手すりには珍しい訪問者がいた。ゆっくり歩く姿をつい見入ってしまう。ベランダから庭に出るところで、手すりは途切れている。端…
網戸越しに見える庭の雑草が、日陰でゆらゆら揺れていた。それとは違い、手前の雑草は太陽の光を浴びて微動だに動かない。室外機の熱風で揺れる雑草は、敷地の向こう側に建つ家のエアコンの稼働を知らせてくる。窓を開け扇風機で暑さをしのぐ私は、雑草の成…
ほつれた糸を目にするたび、気にはなっていた。ひととおり家事を終えたところで、お腹の前のちょうちょ結びをほどく。糸のほつれのせいで、元の幅より細くなった紐は絡み合い、ほどくのを手間取らせていた。色褪せたエプロンがようやく体から離れたとき、左…
この部屋にエアコンはなかった。電気ストーブを持ち込んだ記憶もない。寒さも忘れ、私は長時間部屋にこもって作業を進めていた。収納棚の上段はガラス戸の扉が付いていて、下段は引き出しになっていた。真ん中の空間の背板にはコンセントを通す穴があり、茶…
脱衣かごの中を空っぽにしたことを後悔した。何も急ぐことはなかったのだ。雨が続いた日の翌日、晴れると予報された天気は曇りのまま一日を終えた。鴨居にかけた洗濯物は10枚ほどで、残りの洗濯物は、その多さにどうしようもなく放置した。梅雨入りしてから…
いつもの癖で左手で掴んだものに重みを感じて違うと気付いた。鏡に映る私も「そうだよね」という顔をしている。そのまま手を下ろし、封を開けたばかりの歯磨き粉を元に戻す。代わりに引き出しの中から携帯用の小さな歯磨き粉を取り出した。夫の出張、家族旅…
そもそも食べ過ぎなのだ。自分に問うべきである。 時刻は11時になっていた。観音開きの冷蔵庫の右側の扉を先に開ける。真ん中に置いたタッパーの中身をみるには、結局は左側の扉も開けることになる。昨日の残り物を確かめた。昼食の準備を始めるのはもう少し…
キーワードは合っているはずだった。上位に出てくる検索結果は探しているものとは違う。画像検索に切り替え、青い文字の表紙の本を探すが見つからない。目当ての本の表紙はオレンジ色の文字に変わり、新装版と書かれていた。そのうえ「片付け」「時間がない…
なんとも仰々しい。窓際に置かれたスプレー缶の噴射口は、今までみたこともない形状だった。威力の大きさを自慢しているようだ。ここが定位置である理由は、奴のせいだった。 主とその家族が家を留守にしている間、奴はじっと息を潜めていた。気配はまるでな…