2022-08-01から1ヶ月間の記事一覧

果てしない川

ダンボールの箱で塞がれた玄関を出ようとして、ドキッとする。鍵が開いていた。 *** 後ろから足音がした。かなり足早でどんどん近づいてくる。 マンションに入って、集合ポストを通り過ぎたら、四つ目のドアが我が家だった。一番奥とはいえ、世帯数が少な…

メンテナンス

生年月日の欄はすでに記入済みだというのに、年齢を書くのを躊躇した。身長と体重を書く欄もある。恐らく「子供」だった場合に必要な情報であって、「大人」の私は、生年月日と体重以外は不要かと思われた。しかし空欄があるのもかえっておかしい。すべての…

夏の終わり

太陽が眩しいほど、いい天気だった。「好きな色を選んでね」と先生が言った。手にした色が、とても好きだったかというと、記憶になかったが、きっとその時好きな色だったのだろう。何色が好きだったか、何色が好きなのか、昔も今も、すぐにはっきり答えられ…

健やかなるとき

お茶を飲み干したガラスコップに、水を注いでから随分時間が経っていた。食卓に置かれたガラスコップのそばに、「小さな石」の倍の大きさはある固形物が二つ。食事はとうに終えているのに、最後に口に運ばなければならないそれだけは、ずっとそのままだった。…

日記

勘違いのせいで、小さな白いノートは二冊あった。白紙を埋めるのに頭を悩ませる。朝の、そして夜のルーティンにも、ノートを書く習慣がないのは、ついついまとめて書いているからだった。あの日は何をしていたっけ?何を思ったのだっけ?財布に残ったレシー…

これから

いつまで続くのか、分からないのが厄介だった。その間、気を紛らわす手段もない。ソファーで横になって、ただじっと過ごす。気が付けば、朝になっていた。汗ばんだ体を起こして、水分補給する。「大人になってから」は間違いないが、それがいつなのか、ある…

旅に出る

“かわいい子には旅をさせよ”今頃、トラックに揺られているのだろう。片道切符しか持たせていないあの子達と、今後二度と再会することはない。 *** 連日、近くのコンビニに通っていた。もう三日目には慣れたものだった。初日は若い店員さんに丁寧に教えて…

日和

ベランダから見る細長い空は、一面雲に覆われていた。湿度を示す数字は高かったが、嫌な感じはしない。開け放した窓から入る風が、連日の暑さを忘れさせてくれた。 「夏の風物詩」は一匹だけではなかったようで、気付けば合唱をしていた。一旦静かになるも、…

月と花

どの窓からも青い景色は見えなかった。ベランダに出て視線を上げると、ようやく隣接する家屋とマンションの間に細長い空が見えた。 ある日、マンションの前で空を見上げて、視線を動かしている男性がいた。 「どうされたんですか?」と私は声を掛ける。 「月…