2023-01-01から1年間の記事一覧

束の間の休暇

角を曲がると、ビルのてっぺんに差し掛かろうとする太陽と向き合った。眩しくて、しかめっ面になる。 家事を終え、日用品の買い出しから戻ったら、もうこんな時間だった。いつもなら、五限目の最後の授業が終わる頃だ。 今日から休みに入った。勉強や課題に…

年の暮れ

コンビニに立ち寄った。入ってすぐの陳列棚に並べられた小さな瓶が目に入る。目的のものはそれではない。しかし、迷うことなく手に取って、レジに並んでいた。体が欲していたようだ。面談が終わり、ホッとしている心身に栄養を補給する。 いつも年末に送る、…

ワークライフバランス

机の下で、左手の親指と人差し指の間を、右手で揉んでいた。次はその逆で、右手の親指と人差し指の間を左手で揉む。何かしらのツボがありそうな箇所だ。 教室には時計がなかった。机の上のパソコンも閉じている。携帯電話も鞄の中だ。前で話す男性の手が上が…

慣れ

”いつも"の数字を入力したはずが、パソコンの画面は変わらず、ログインに失敗する。この頃、訓練校のパソコンでも家のパソコンでも、同じ事が起きていた。というのも、各々のパスワードを違う端末に入力しているからだった。 キーボードを押し間違うこともあ…

週末は

時刻を確認すると、起きる時間をとっくに過ぎていた。携帯電話のアラーム音が何度もなっていたのは、気のせいではなかったようだ。慌てて部屋を出ると、始発に乗ると言っていた夫は、もうほとんど身支度を終えていた。昨日、私はいつもより早い時間にベッド…

塵と山

予報通り、雨が降っていた。 家の中に居ると、余程強い雨でなければ雨音が聞こえない。ロールスクリーンを下ろしたままの部屋からは、外の様子が覗えなかった。 帰りは雨が止むのを知っていたが、折り畳みではなく長傘を持って家を出た。傘の柄に貼られた赤…

タイミング

うっすら白い半円が、雲一つない青い空に浮かんでいた。月だと認識はするも、なぜ青い空に浮かんでいるかは説明できない。理科の授業で習ったのだろうか、記憶にはなかった。 おせち料理にちなんだものが、スーパーに並び始めた。もうすぐ今年も終わりなんだ…

鈴が鳴る夜

教室の後ろが少しざわついた。今しがた、先生が張り出した紙を見て、クラスメイトが声を漏らしている。何も25日に被せて来なくても良いのになと、私でさえ不満を漏らした。 休み時間、後ろの席から聞こえる話に、私も加わった。聞くと、大きさも形状も、それ…

全力投球

案の定、足が温まると目を閉じていた。深く頭が下がって、首に負担を感じる。その状態を回避するため、目を開けようとするが、時間がかかる。 起きてはまた、同じことを繰り返し、結局こたつでのパソコン作業は進まない。 課題の締切が迫っていた。ノートを…

来世で会う

いつものアナウンスを、今日は聞き逃していた。誰かに押された私の体は、踏ん張っていられず、私も誰かを押していた。 今朝のことなど、すっかり忘れていた。夫が帰宅後の、最初の会話のやり取りを思い返していた。いろいろ考えていると、ふと車内の光景が蘇…

クラスメイト

テーブルには、マグカップが一つ、グラスが三つ置かれていた。 ちょうどおやつを食べるのに、相応しい時刻だった。いつもなら、デザートも注文するところだ。しかし今日は控えておく。昼食も、少なめに調整しておいた。 コートを着る季節になった。マグカッ…

予兆

誰かに呼ばれているような気がした。 訓練校の終了日以降の予定は、まだ決まっていない。 前回までのハローワーク来所日と違った点は、履歴書と職務経歴書の提出を求められたことだった。たいして書く内容もない、薄っぺらい書類を持参した。 そろそろ具体的…

三日月

やっつけ仕事のつもりはないが、結果そうだと言われても仕方がない。完成品に雑さが目立つ。締切厳守のなか、それがその時の精一杯だ。 何か課題が出るたび、完成後には反省をする。次は、全てではないものの、反省点の一部は活かしつつ、習ったばかりの新し…

木枯らし

買ったばかりのセーターを着た。季節外れの暑さから一変、冷たい風が体を包み込んだ。 押入の中を覗くと、げんなりした。何度片付けても、リバウンドする。奥に追いやられていた、ガスストーブを取り出した。その手前には、押入に収納してからまだ日の浅い、…

つもりで

引越に伴って、大量のごみが出た。引越後も、まだ後片付けをするために、引越前の住居に足しげく通う。連日の作業で、とても疲れている。 と語っていたのは、同じマンションの住人だった。彼女が引っ越したことで、また古株住人として、一つ昇格した。 彼女…

少しずつ

ビルの谷間から、オレンジ色の光が放たれている。上空の雲が色づいて、そこだけ異空間のようだ。土手に上がると、川の向こうのビルの群れが良く見える。 下流に向かってしばらく歩くと、向こうから遥子ちゃんが現れる。わりと早くから私は気付いていたが、手…

四半世紀前

家に着く頃には、もう日付が変わっていた。別れを惜しんで帰ってきたが、また近々会えそうな予感だ。 「お互い見つけられるか楽しみだね」「ほんと、それ」 数日前に、私から待ち合わせ場所の連絡をした。夜には賑やかになる、若者の街を指定したのは、都合…

近づく終わり

どーん、どーんという音で目が覚めた。ソファーから体を起こし、一人外に出た。 土手に上がると、皆、下流の方に体を向けていた。私もそれにならって、同じ方向に体を向けた。混み合っていたので、邪魔にならないところに移動をする。しばらく居るつもりで、…

空の下で

歩くたびに、ぴょんぴょんと揺れている。毛先が跳ねているのが、影でも分かる。 揺れる影と駅に向かった私が、雲一つない空に気付いたのは、電車に乗ってからだった。遅れているとアナウンスされた電車は、混んでいた。ドア付近から、それ以上奥に進むことは…

一会といわず

地面の斑点模様を見て、雨だと気付いた。降り始めの雨よりも、結構風が強いことが気になった。 近くの土手から花火が見えるのを期待して、娘が実家に帰ってきた。息子を誘ったが、行く気はなく、夫と娘と、三人で家を出た。 雨にあたらぬよう、高架下で腰を…

風のしわざ

庭に小さな洋服が落ちていた。強風がもたらす影響を受けたのは、私だけではなかったようだ。 「ゆめ子ちゃん、目が真っ赤だよ」 別れ際、私の顔を正面からみた遥子ちゃんが言った。 そろそろ声を掛けようと思いながら、先延ばしになっていたウォーキングがや…

大人の靴屋

「どこに置いたっけ?」 週末、家を空ける前はそこにあったはずだ。しかし見当たらなかった。 洋室にあるソファーと長椅子の上には、丁寧に畳まれた洗濯物が仕分けされていた。畳み方と、仕分けが、いつもと少し異なった。 それらの洗濯物と、洋服を収めてい…

秋晴れ

「さむっ」寝床に入りながら、思わず声が出る。娘もよく言っていた。 雲一つない空だった。夏にはプールが広げられていた保育所の前には、一台のカートが置かれていた。その中には、小さな子供が4~5人乗っている。これから外へ出掛けるようだ。しかし、まだ…

再開せよ

リュックを下ろし、うがいと手洗いを済ませたら、すぐさまベッドに潜り込んだ。携帯電話のアラームを一時間後にセットし、仮眠をする。 途中で雨音が聞こえ、洗濯物が気になったが、体を起こすことはしなかった。 長い制作期間を終えた。帰ったら寝る、そう…

寄り道

「お幸せにお降りください」 何も急ぐことはなかったのだ。そう遠くない目的地に行くのに、”普通”でも”急行”でもどちらでも良かった。しかもまだ間に合う時間だ。なんとなく人の流れに沿って急行に乗り換える。やはり混んでいた。 頭の中で、言葉を変換する…

挑む

クラスの何人かは、授業中イヤホンをしていた。注意事項は、”音漏れはしないように”だった。 どうにも集中できない。曲や、その音に合わせた歌詞を聴いてしまう。先生からの注意事項は、私には無用だった。イヤホンをつける必要がないからだ。 制作期間中、…

日々

電車の警笛が鳴った。 ドアが閉まるというのに、小さな駅のホームには残る人がいる。特急や急行が走る路線ではないので、この駅で後から来る電車を待つ必要がない。 電車に乗らなかった彼らに視線を向ける。お父さんとお母さん、二人の前に小さな男の子がい…

余裕なき

玄関の方から、物音がした。インターホンのカメラを覗くが、誰もいない。 積み上げた”もの”たちが、少しずつ崩れ落ちてる音かもしれない。玄関近くの、もう娘の元部屋だという名残もないほど散らかった、自室に向かう。 パソコンからデータを送ったプリンタ…

「私」と向き合う

特別お題「わたしがブログを書く理由」 ※はてなブログ企画※ いつか記しておきたいと思っていた。いい機会かもしれない。少し語ってみようか。 もう昔のことで覚えていない。”趣味は読書”という少女だったら、きっと覚えているのだろう。 夏休みの宿題で、一…

花朝月夕

心地よい風に当たると、なんだかホッとする。一日に一度は、部屋の空気を入れ替える。時には湿った空気が入ったり、かえって部屋の暑さが増したりするが、涼しい風が通ると、堂々と窓を開けられる。 昼間はまだ暑いが、朝夕過ごしやすくなった。”そろそろ遥…