寄り道

「お幸せにお降りください」

 

何も急ぐことはなかったのだ。そう遠くない目的地に行くのに、”普通”でも”急行”でもどちらでも良かった。しかもまだ間に合う時間だ。
なんとなく人の流れに沿って急行に乗り換える。やはり混んでいた。

頭の中で、言葉を変換する。
車内のアナウンスは「押し合わずにお降りください」だった。

 

帰りの電車は、押し合うこともない。
早く帰りたいと訴える、疲れた体を座席に委ね、帰路に着く。
自宅に着く時間はいつも同じだ。

 

川の向こうに渡るには、ほんの十数メートル歩くだけだ。
土手を降りたら、河川敷で野球やサッカーができるほどの広さのある、自宅の最寄りの川とはまた様子が違う。

道路と道路に挟まれたこの川に沿って、しばらく歩く。
柳の木を見つけた。垂れ下がる枝が風で揺れていた。

いつもの駅とは違う方向に向かって、回り道をしても、いくつかある路線のどこかの駅に辿り着く。

数十分歩いても大丈夫そうだ。暑い夏が過ぎ、秋を迎えた。

 

往復するだけの毎日に、少し変化が訪れる。