私のベクトル

名もないまま、鞄の内ポケットに収められていた。そういうところがあるのも私らしい。

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「片付けられない」ことの後ろめたさが、いつも赤信号を灯らせていた。そこに留まっているよう強制をされているわけではない。きっと、いつでも信号を渡って良かったのにと言われるのだ。信号待ちをしているのさえ、気付いていないのかも知れない。押しボタン式の信号は、自分でボタンを押さなければ渡ることはできない。「片付けの終わり」を迎えていない私は、まだボタンを押すことができずにいた。優先すべきは車なのだから。

「私」について考えるといろんな想いが駆け巡る。矛盾が生じたり、落ち込んだり、前向きになったり。

信号もなく、車も通らない横断歩道を「私」の気分やタイミングで渡りたい。こっちの道がいいよとか、今のうちに渡るといいよとか、一緒に渡ろうよとか、一度耳を塞ぎたい。曖昧な気持ちが、どちらでもいいになり、そうしようかなと思う「私」はここにはいない。どの道を通るかは私が選択する。

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たくさん並ぶ小瓶から、心地よいと感じる香りを三つ選んだ。ブレンドしたらオリジナルになる。まだ名も決まらない香りは、ラベルを貼らないまま鞄の内ポケットに収まり、家路につく。思うまま名付ければよいのに、その場で言葉が思いつかない。名がつかなくてもいいのだと思いながら、特別な名前を探そうとする。
もう一度香りを鼻に近づける。

<私のベクトル>

そう名前を付けることにした。