季節外れの侵入者

なんとも仰々しい。窓際に置かれたスプレー缶の噴射口は、今までみたこともない形状だった。威力の大きさを自慢しているようだ。ここが定位置である理由は、奴のせいだった。

 

主とその家族が家を留守にしている間、奴はじっと息を潜めていた。気配はまるでなかった。私達は旅行の余韻に浸りながらも、帰宅した翌日は日常を迎えた。夫、娘を送り出し、私は家事をする。
旅行に出る直前に取り込んだ裏起毛のパンツは、引き出しの手前にあった。11月の終わりは寒く、このパンツの出番も多い。
⦅この前パッツパッツで履いてたパンツやんな。この頃はまだそうでもなかったよな⦆
家事の合間に着替えを済ます。今日も同じパンツを手に取った。

足を入れた瞬間、チクッとした。嫌な予感がする。直後、羽音がした。
姿は見えなかったが間違いない。奴を仕留めることが先決だった。寝ている息子を起こしたところで、奴と戦うのを躊躇するだろう。私しかいない。家にある殺虫剤をとにかく裏起毛の部分に噴射しまくる。

奴の後始末をし、薬箱から迷うことなく二つのものを取り出した。患部の処置をすばやくする。冷静に行動を起こしていたが内心は焦っていた。アナフィラキシーショックという言葉が頭をよぎる。携帯電話でネット検索を何度もする。危険な症状とは具体的にどういうことなのか。息子を起こしておいた方がいいのではないか。少し時間が経過する。幸い大事には至らなかった。

奴、私を刺した蜂は冬眠する場所を間違ったのだろうか。
⦅蜂って冬眠するん?⦆

この年の夏、私は飲食店で同じ経験をした。すぐさま夫が近くの薬局で症状を伝え消毒液と塗り薬を購入した。
⦅家に薬あって良かったな⦆
人生で初めて蜂に刺された年だった。
⦅2回もな⦆

それ以来、奴のイラストとともに、バズーカー型ノズル、12m噴射と書かれたスプレー缶がベランダを出入りする窓際に置かれるようになった。そして、より丁寧に洗濯物を取り込んでいる。

子供達が小さいころ、家のお手伝いをしてくれることはもちろんあったが、習慣的にしていることは特別なかった。これもまた片付けられない私が起因しているともいえた。習慣のない小さいころはもちろん、随分大きくなってからも洗濯物を取り込むことになかなか気付きはしない。成人している子供達と暮らすなか、家事についても考える。しかし蜂の件があってから、ごく稀な確率の心配ではあったが、洗濯物の取り込みに関しては子供達に手伝ってもらおうと考えなくなった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『ゆめ子さん、洗濯物の取り込みのことやけどな、<フツウ→丁寧に→より丁寧に>になってんな』

「私が蜂に刺されたのは数年前の話だけど、その前の年だったかな、靴下に入ってたんだよね。それを履いた夫は蜂に刺された。それまでは<フツウ>に洗濯を取り込んでた。その後<丁寧に>取り込んで気を付けてたつもりだったんだけどね。裏起毛のパンツの中って、見えにくいから気が付かなかったんだね。今は<より丁寧に>確認するようになって、取り込みに時間がかかる」

『ゆめ子さんが蜂に刺されたとき、夫さん、すぐ薬局行ってくれたよなぁ。でも夫さん、自分が刺されたとき、すぐ病院行ってたな』