なんとなく

不規則に並ぶアルファベッドのキーの上に指を添えたまま、考えごとをしていた。無論片付けのことに他ならない。パソコン画面は変わらぬまま、私とにらめっこをしていた。

ここに座ると左手の本棚がいやおうなく目に入る。棚の隙間には書類が置かれ、収まりきらない本が横向きになっている。その乱雑さは、ジャンルごとに並べられている本の規則正しさを、いとも簡単に打ち消していた。いずれも私のしたことだ。
本棚の側面は梯子のような木枠になっている。端に置かれた本は木枠の間から表紙がみえる。高校英語と印刷された本の表紙には、マジックで学年と組、娘のフルネームが大きな字で記してあった。彼女は全ての教科書の表紙に同じように名前を記載していた。誰の物か一目瞭然だ。学生の頃、裏表紙、もしくはその裏に名前を書いていた私は驚いた。柔軟な発想に片付けのヒントがあるような気がした。
高校卒業後、玄関先に出された教科書の中からこの英語の本を救出したのは、私に間違いなかった。卒業してから数年経つ。一度も開いてはいない。

私の指はまだ動かぬまま、窓越しでゆらゆら揺れる洗濯物に目を移した。本当に今日は雨が降るのだろうかと疑った。朝のニュースの合間に流れる天気予報と、手元の携帯電話の天気予報が違っていた。
急に空が暗くなり雨音が鳴り渡る。丁寧に洗濯物を取り込めないほど大粒の雨は私を慌てさせる。部屋の中で乾き具合をみながら、一枚ずつ裏表を確認する。今日は鴨居に干す必要はなさそうだ。

ゲリラ豪雨の激しさは、雨が止んでも家から出るのを億劫にさせた。青いノートのやることリストは何一つ終わっていなかったが、雨と一緒に流してしまうことにした。
今日はなんとなく、そんな気分だった。