2023-01-01から1年間の記事一覧

兆し

”あともう一息”、随分前にそう言ったきり、もう一息が完了しないまま時間が経過した。 本棚、引き出し収納、押入と、いろいろな場所を経て、最終的に洋室の一角に、書類は置かれていた。一時期、書類の片付けに精を出し、少しずつ減らしたものの、そのうち手…

私は「本人」ではなかった。 ちょっと聞きたいことがあった。だが断られた。ならばと、”委任状”という言葉を出してみた。しかし、よほどの事情がない限り、その効力は発揮しないようだ。 今週は幾度となく、この坂を通る。以前は立ちこぎして上りきることが…

旧友と

都会に建つビルの名を彼女が出した時、すぐさま私は間違えているのでは?と指摘した。なぜなら、十年ほど前に建ったビルを、最近できたところだと彼女が言ったからだった。しかし、ビルの名は合っていると言う。彼女が遠方に引越をしたのは、子供達が幼少期…

楽々

五月の中旬だというのに、真夏のような暑さだった。まだ体は気温に対応しておらず、テレビの画面からも、熱中症の注意を促す。 昨日取り込んだ洗濯物から手に取った服は、そんな暑さのなかに着た半袖だったが、今日は一転し、肌寒い。部屋中の開け放した窓を…

視点

向こうから来る男性に「おはようございます」と声を掛けた。私の隣で歩く友達も、よく彼に会うものだから、すっかり顔を覚えたようだ。彼は我が家の隣に住む年配の紳士だ。 私達は彼のことを、頻繁に会うと認識しているが、彼の方は違う。彼からしたら、たま…

一念発起

けたたましいアラーム音に起こされ、慌てて携帯電話を探す。その直後、揺れを感じた。起床時間にはまだ早い、朝の4時過ぎのことだった。 7時半を回った頃、今度はラインの通知音が、息つく暇もなく鳴り続ける。一瞬何事かと思ったが、だいたいこういう時は…

猫と私

キッチンには小さな箱が二つ並べられ、それぞれにメモが貼られていた。メモに書かれているスプーンは、箱の隣にあった。 左の箱の中身と、スプーンを持ってキッチンを出ると、すぐに彼がやって来た。スプーンを使って、食事を皿に出している途中で、彼は待ち…

自由

向かい風を受けながら、右手は何度も両目をこすっていた。その右手は、時々鼻をつまんで、むずがゆさを抑えていた。一度治まっていた花粉症の症状が、ここのところ復活している。 とても煩わしかった。 加えて、”乾燥によるかゆみ”と以前診断された手の指の…

愉快

マグカップが空になったら、その都度「正」の字の一画を書く。二文字書くことで、一日の水分量が二リットルになるよう数えていた。しかし「正」の字が完成しない日も、よくある。 夫がどこぞから頂いた、知らない企業名のロゴが印字された水筒のことを思い出…

解放されよ

何かが欠如している。 「無我夢中に」だとか、「寝食忘れて」だとか、何かに没頭した経験があっただろうか。「確固たる思い」を語ったことがあっただろうか。 「自信のなさ」は、経験の乏しさと、足を引っ張る要素があるからだ。 片付けに関する本、ブログ、…

午後には、陽射しがなくなった。私の気持ちもなんとなく晴れない。 一日外出していた昨日の疲れも、あったのかも知れない。 仰向けになり、目を閉じる。心の中のみぃに伝える言葉を探している。 片付けられない「私」は、「片付け」の悩みが頭の中の大半を占…

こちら側

この時期、線路沿いに咲くオレンジの花に、つい目が留まる。好きな花は何か、と聞かれて答えた花だ。名も知らない花だったが、友達が「ナガミヒナゲシ」だと教えてくれた。 あれは何の時間だったのだろう。放課後のクラブとも違う。クラスの中でグループを作…

デトックス

外は、少しひんやりした。上着を羽織って正解だった。二駅向こうまで行くのに、自転車に乗る方が、寒さを感じるのも半分で済みそうだが、のんびり歩くことを選んだ。 前を歩く男の子は、小学校の低学年と思われた。「ママ」と声に出すが、ママらしき人はいな…

心軽く

残念ながら、その日は雨予報だった。今年の桜の開花は早く、気付けばピークを過ぎていた。そんなことも相まってか、当日の雲行き具合をみるまでもなく、満場一致で、数日前には花見の中止が決定した。 午前中は天気が良かった。少し桜を見に行っても良いかな…

きっかけ

いつになく、遅くなった。多少遅れても、お互い良しとしていて、連絡などしない。しかし今日ばかりは、「ごめん、今向かってる」とラインをした。 ついさっきまで、時間に余裕があった。同じリズムで刻んでいるはずの時間が、急に時計の針が進む。彼女との久…

マイウェイ

落ち葉がカラカラと音を立てながら、強風に煽られ、桜の花びらと一緒に地面を這う。しばらく歩くと、青々とした葉の間から、桜と同じ色のツツジの蕾を見つけて、季節を感じる。 四季が何度も巡り、花は咲いては散るを繰り返す。私が共有している時間は、その…

一進一退

夕方、ふと見たデジタル時計は、3時33分を示していた。同じ数字が並ぶさまに、思わず「おっ!」となる。先日行った、スーパーでの出来事を思い出した。レジの店員と私で、笑みがこぼれた。話し掛けられることなど普段はないのに、思わず声を掛けたくなってし…

散りゆく

風に舞う花びらに、つい見入ってしまう。今度仲間と集まる日には、大半が散ってしまいそうで、もう少しだけ枝に留まっていてくれたらと願う。 ダイニングにある棚を一つ減らし、キッチンを手狭にさせていた、小さな食器棚を移動した。棚とその中身は一旦、空…

静と動

今朝干した洗濯物は概ね乾いているが、少し湿り気があるようで、やはり気になった。結局、ほとんどが畳まれず、ハンガーラックに掛けられた。 どうにも片付けられないのに、洗濯物だけは懸命にする。ただ天気に左右されるのが厄介だ。天気予報を確認したとき…

兎にも角にも

三人席のうち、真ん中の席に腰を下ろした。窓側には、娘がいる。西へ向かった新幹線は途中で母を乗せ、さらに西へと向かった。 島にある唯一の宿に着いたのは、もう夕方だった。 長旅で疲れた体を少し休ませ、窓越しに見える彼らの元へ足を運ぶ。彼らは食欲…

新たな始まり

せっかくだからと、少し大きいようにも思ったが、桜色のクリームのホールケーキを選んだ。プレートに入れる名を少し迷ってしまい、結局「ゆめこさん」にしたけれど、店員さんには本人だと思われたに違いない。 五十歳の誕生日を迎えた。 変わらぬことと、変…

やる気スイッチ

取り込んだ洗濯物は各自の部屋に片付けられ、水切りカゴの食器は棚に収められ、出しっぱなしの物はどこかに隠された。 部屋の隅には、パンパンに荷物が詰められたリュックと、明日の着替えが丁寧に畳まれている。 旅の準備を終える頃には、苛立ちの峠も越え…

疲労のあとには

何回見てもあいにくの雨予報だったが、その日が近づくにつれ、予報も少しずつ変わってきた。午後には雨は止みそうだ。変わっていくさまは、天気予報だけではなかった。やることに追われている私は、段々と苛立つ。こういう時に限って、いつものルーティンが…

春うらら

事あるごとに、訪れるこの場所は、最近よく来ている。今日はトレーナー一枚でも十分な暖かさで、ここまで歩けば少し汗ばむほどだ。遠くからでも存在感のある、葉も花も付けていない大木が、鳥居の横で迎えてくれる。もうまもなく小さな花を一輪咲かせ、瞬く…

卒業

カレンダーを見るたび、赤いマジックで書いた星印が目に入る。改めて見ずとも、今日がその日だということは頭に入っている。それでも、もう一度カレンダーを確認する。 朝から待ち続けたラインの通知音が、お昼近くになってようやく鳴った。 昨年の秋に予約…

月の明かり

強風のなか、目を真っ赤にした私は、とにかく早く家に帰りたかった。家に着くや否や、目を洗う。そして、うがいをする。鼻をかむ。 今年の花粉の飛散量は、例年に比べ多いという。 薬を服用して、症状が落ち着いたところで、私は一冊の本を手に取った。 月子…

小さな石

いつものスニーカーを履いて玄関を出ると、すぐに靴の中の違和感に気付いた。あ~、そうだったと、思い出した。昨日から靴の中に、小石が入っている。 しばらく歩き、信号待ちをしている間に、靴を脱いで逆さまにする。小さな石が地面に落ちた。しかし、横断…

帰るところ

朝から雲一面の空は、夕方には地面を濡らす。 傘を新調してから、それまで使っていた傘は、目につかない傘立てに置き去りにされていた。「懐かしい」と言いながら、その傘を差す娘と、スーパーへ買い物に行く。 忘れ物を取りに、度々娘が帰って来る。そのせ…

マイルーム

まっすぐ、まっすぐ、ただまっすぐ縫う。 結局、必要に迫られた時にしかミシンの出番がない。それでもミシンを動かしていると、次は自分のために何か作ってみたくなる。 一日中ミシンを動かしていたい。 ニメートル近い布は、食卓の上に収まらず、フローリン…

繰り返し

「暇だから、大丈夫ですよ」 レジの後ろに並ぶ人は、いない。だからといって、ポイントカードを探すのに、こんなに時間を掛ける人がいるだろうか。いつもなら、レジに並ぶ前に必要なカードは確認する。稀に、今日のように会計時にカードを探すこともあるが、…