猫とお家と

携帯電話のカレンダーアプリが、今日の予定を知らせてきた。
面談を終えたあとの、ちょうど良い頃合いの時間に設定しておいたのだ。

カレンダーに記したのは念のためで、もちろん忘れることなく、すでに最寄駅を降りて、彼の待つ家へ向かっている途中だった。

 

リュックの内ポケットの底に入れた、小さなポーチから鍵を取り出す。玄関を開けると、彼はそこに居た。

「久しぶり」と挨拶をする。顔を寄せてくる彼を、しばらくの間、撫でてやる。

「ちょっと、上がらせて」と、私は一旦手を引っ込め、ようやく靴を脱いだ。まずは二階へ上がる。彼も一緒についてきた。

エアコンのスイッチを入れ、彼に話しかける。

「暑いねぇ?」

彼は、さぞ暑いだろうと思われる毛を纏っていた。しかし、彼はエアコンが好きではないらしい。

「さてと、、、」

樹希ちゃんからのラインを読み返す。ラインには、彼のお世話について綴られている。

「ちょっと下へ行って来るね」

ひととおりの仕事を終え、戻った私に、再び彼は顔を寄せてきた。
彼は終始、「にゃあ、にゃあ」と言っていた。

「そろそろ、帰ろうかな。また明日ね」

彼は、私が玄関を閉めるまで、こちらを見ていた。

 

 

翌日、約束どおり彼に会いに行く。
彼に会いたいという娘も同行した。昨日と同様、彼は玄関で、出迎えてくれる。
一ヶ月ほど会ってなかった彼に、”久しぶり”という私より、遥かに娘の方が会っておらず、まさに”久しぶり”の再会だった。

 

「ねぇママ、毛をときたいんだけど」という娘の手には、ふわふわと彼の毛がついていた。

「どこかにブラシがあるはずだよ」

樹希ちゃんちは、いつ来ても、とても片付いていた。ブラシも、きちんとどこかに収められているはずで、すぐに取り出せて、かつ目立たぬところにあるような気がした。
階段下の収納の、扉の代わりに目隠しをしているカーテンが、少しばかり開いていた。

「これ、そうじゃない?」

 

彼は、娘にブラッシングをされるがまま、大人しくしていた。
娘は、彼のことが大好きだった。

「これいいな」と、一人暮らしをしている娘は、食器を収めているカゴを眺めていた。
娘は、我が家とはまるで違う、このお家のことも大好きだった。

娘にたっぷり構ってもらって満足したのか、それとも、今夜はもう家主が帰ってくるのを知ってなのか、昨日見送ってくれた彼は、今日は二階から下りて来なかった。