梅雨が明けた。
隣駅のコインランドリーまで行く必要は、しばらくなさそうだ。
我が家には四つの部屋とダイニングキッチンがある。
四部屋のうち、一部屋は約四畳半、三部屋は各々六畳ある。ここに住み始めてから、もうすぐ二十年が経つが、その間、部屋の使い方はいろいろ変化した。
息子に六畳の部屋を、娘に四畳半の部屋を与え、和室は夫と私の寝室、もう一部屋はテレビとソファーを置いていた。娘が実家を出たあとは、娘の部屋を私が譲り受け、残された三人は皆、個室を持つことになった。
さてこの度、実家に戻ってくるにあたり、娘から元の部屋に戻りたくないという申し出があった。狭いし、暗いし、冬は寒い。一人暮らしの部屋が、随分と日当たりも良く、とても良い環境の部屋だったので、まあ分からなくもない。
それに、私がこの部屋を返すとなっても、夫が使っている和室に戻るのも困難だった。個室の快適さもあるが、物理的にもう私の寝床を確保するのが難しい。
四つの部屋を各々個室として使うことになった。
テレビとソファーが置かれた洋室は、他にも本棚が二つ、こたつ机、アイロン台にアイロン、ハンガーラックがある。これらを全てどかさなければならない。そのうえ、この部屋は戻ってくる娘ではなく、夫が使うことになった。確かにベランダの出入り口になっているので、都合はいいかもしれない。数日かけて、モノの処分や移動に明け暮れた。息子は部屋の移動はなかったが、洋室の本棚を引き取ってくれることになっていたので、模様替えをした。それも私は手伝った。
もちろんのこと、部屋を空けて、夫が部屋を移動して、息子の部屋の模様替えをしてと、これらは引越前に終わらせた作業だが、私の部屋に流れ込んできたモノは、まだ片付いていない。アイロンをする場所がなくなり、玄関でしているとは誰も思わないだろう。
取り込んだ洗濯物は、一人増えただけなのに随分と多い。いつもは窓際にあるソファーの上に投げ込むのだが、もうここにソファーはない。移動したソファーのせいで、窮屈になったダイニングを通り抜けて、自室のベッドに洗濯物を放り込む。
ますます”私の部屋”は、雑然とする。
次の日には洗濯物は各部屋へ運び込まれるが、流れ込んできたモノを整理したとしても、どこにも移動できないモノもある。私だけのモノに囲まれた個室を持つのは、到底無理だろうなと思いつつ、またひょんなことから、部屋割りを改めて決める日が来るのかもしれないと思ったりもする。どちらにせよ、モノは減らしておこうと、地道に片付けを続けていく。