必需品

若干パニックだった。今乗った電車を慌てて降りる。すぐに駅のホームから電話を掛けるが一向にでない。隣には娘がいる。

「ママ、ここにかけたら?」

電話番号を変え、相手が出るのを待つ。

「○○店の××でございます」

繋がった。ひととおりの会話をし、今すぐ向かうことを伝えて電話を切った。

都心の駅は複数の路線が混在している。目的の路線の改札口まで随分と遠い。娘と買い物を終えると、通勤ラッシュに被ってしまったが、運よく二人並んで座ることができた。疲れた足を休ませる。電車に乗ると意味もなく携帯電話を触ってしまう。そんな習慣に今日ほど感謝したことはない。

        ***

いいアイディアが思い浮かんだ。ペーパーレス化が進んでいるのに、私の財布はいつもレシートでいっぱいだった。クレジットを使えば控えが出るし、ポイントカードを使えば、付与されたポイントが印字されたものまで出る。そう、レシートをなくせばいいのにと、我ながら自分の考えに満足する。

まだどこにもこのアイディアは発表していないのに、数日後、レシートの出ないセルフレジと遭遇する。なんだ、もうあったのか、と落胆する。

電子レシートか紙レシートかの二択だったが、一瞬分からず、紙を選択してしまったことを後悔する。電子レシートを試したかったなと、そんなことに気を取られながら、娘と買い物を終え、帰路につく。

電車に乗った私は、かばんに入った携帯電話に手を伸ばす。内ポケットにしまった携帯電話がなかった。ここになければ、かばんの底に埋もれているはずだ。手探りでは見つからない。しかし、かばんを覗きこんでも見つからなかった。

「どうしよう携帯電話がない。電車、降りて!」

娘の携帯から自分の携帯へ掛けるも誰も出ない。最後に寄った店に掛けると、同じ特徴の携帯電話を預かっているという。アプリの中の会員証をかざすため、レジ台の赤い枠の中に、携帯電話を置いたところまで覚えている。その後、電子レシートのことを考えながら、店を出てしまった。

なんの躊躇もなく、「間違えて入りました」と、今入った改札口をスタスタと出る娘についていく。後ろに続く人も同じセリフを言っていた。まだオロオロする私に、娘が言う。

「私の時より、ましな状況じゃない?」

数年前、旅行前日に携帯を失くした娘が言う。正確には学校に忘れてきたのだ。旅行当日は学校で授業を受けてから、息子と合流し、旅行先へ行くことになっていた。こんな時に連絡が取れない状況になるとは思いもよらず、当日、学校へ行って確かめるまで気が気でなかったのを思い出した。結局あったので、ホッとしたのを覚えている。ちなみにその時夫と私は、子供達より一足早く、旅行に出発していた。

ユニクロで名前を告げ、携帯電話を受け取る。透明の袋に丁寧に包まれているのをみて、申し訳なくなってしまう。身分証明書を持っているか、電話口で聞かれていたが、提示を求められない。免許証を手に持ち、戸惑っていると、

「今、指紋認証されていたので、大丈夫ですよ」

と言われる。

帰りの電車で、携帯電話を開く。アマゾンのサイトで「スマホストラップ」とキーワードを打つ。帰省日の前日、ポストに届いた紐を携帯電話につけた。明日は携帯電話を首にかけて帰省する。やっぱり準備はいつもギリギリだった。